健太郎の京都ジビエシリーズで供されるシカ肉は、ジビエであるかないかを差し引いたとしても、本当に心の底からおいしいと言える肉料理だ。そしてそのおいしさは決して自然状態で得られるものではない。福知山市夜久野町の豊かな自然はもちろん、そこに分け入ってジビエの命をいただき、その恵みである肉を「おいしさ」に着目して処理し、それを調理する。これら全ての流れに中島健太郎が関わることによって得ることができているものなのである。
健太郎の京都ジビエシリーズで供されるシカ肉は、ジビエであるかないかを差し引いたとしても、本当に心の底からおいしいと言える肉料理だ。そしてそのおいしさは決して自然状態で得られるものではない。福知山市夜久野町の豊かな自然はもちろん、そこに分け入ってジビエの命をいただき、その恵みである肉を「おいしさ」に着目して処理し、それを調理する。これら全ての流れに中島健太郎が関わることによって得ることができているものなのである。
エエもん鑑定会の第一回に中島健太郎が出てきた時のことは、審査員の三人ともがよく覚えている。山から下りてきたような格好で、とぼけたような柔らかな笑顔をしながら、綺麗に盛り付けされた鹿肉ローストの皿を出してくる。
「シカも自分で撃ってまして、美味しいと思われる個体を狙って撃ちます。今日はメスの2歳ですね。これを手早く血抜きをし、捌いて適度に寝かせます。処理をきちんとすれば臭みなどありませんし、硬くもありません。」
「これ、あなたが料理したの?」
「はい、真空低温調理にかけました。わたし、以前は飲食店で修行をしていたんですよ。やはり、料理人がジビエを食肉加工しないと、味にこだわりを持てません。鹿肉もイノシシ肉も活用方法がいろいろあるので、可能性が拡がりますよね。」
という会話の後、絶妙な火入れ状態の鹿肉を口にした審査員の目がクッと開き、みなで顔を見合わせた。すばらしく美味しいのだ。
とかくパサつきがちの鹿肉の背ロースの肉だが、健太郎が出してきたものはしっとりとした舌触りで、赤身の香りが深く、そしてじんわりした旨みが湛えられている。醤油ベースの調味も実に適切で、余計なアミノ酸調味料など使用しない、上質なものだった。
審査員の山本謙治(農畜産物流通コンサルタント)は、「どうせ臭くて硬いジビエが出てくるのだろう」とたかをくくっていたこともあって、心の底から驚いた。もっと驚いたのは、この鹿肉ローストはシカを撃つところから食肉処理、そして肉の調理まですべてを健太郎が行っているということにだ。
「これは、本当においしいジビエを作る人なのかもしれないな。」
その翌日、審査員の三人は健太郎の本拠地である夜久野町へ向かった。
シカやイノシシ、カモなど野生の鳥獣の肉を食べるジビエといえば、ヨーロッパでは秋冬の高級な味覚として楽しまれている高級食材だ。家畜に与える配合飼料ではなく、その地の植物やいきものを食べて育った野生鳥獣の肉には、家畜にはない野趣や繊細さがある。そのジビエ文化が日本でもようやく拡がりつつある。
ただ、日本のジビエブームには、ヨーロッパとは少し違う背景がある。農林水産省によれば令和2年度、鳥獣害による農作物の被害額は161億円。その7割がシカ、イノシシ、サルによるもので、ただでさえ存続が危ぶまれている中山間地農業に決定的なダメージを与えるものとなりつつある。こうした有害鳥獣の駆除を進めるために、ジビエ肉の振興が行われてきたのだ。
国が推進する事業の中では、シカやイノシシを肉にして売るためにさまざまな施策が立てられた。ただ、この画面をみているみなさんに問いたいが、あなたはジビエ肉を年に何回食べるだろう?多くの人は1~2回程度、もしくは「まだ食べたことがない」ではないだろうか。つまり、まだまだジビエ肉の市場はそれほど大きくはない。それはなぜかといえば、「おいしいジビエ肉」がまだまだそれほどないからではないだろうか。
消費者の持つジビエのイメージといえば、「硬そう」または「臭そう」といったものだろう。たしかにジビエ振興が進む以前のシカ肉・イノシシ肉といえば、猟師が打って、遠方の処理場へ運んで捌いたら、すぐに冷凍されてしまったものがほとんどだ。そうしたものを解凍して食べようとしても、ゴリゴリした硬い食感に臭みが残り、おいしいとはとてもいえない物が多かったものだ。
おいしいジビエ肉にするには、撃った後に迅速に血抜きをして内臓を処理し、臭みの残らないように食肉にすることが重要だ。また、肉をすぐさま冷凍してしまえば、適切な熟成状態でないため、解凍後食べた時に硬く、うま味のないものになるケースもある。また多くの消費者が気にする「匂い」は、シカやイノシシの雌雄の別や年齢、個体差によるものが大きい。常においしい個体ばかりを撃つことは難しいが、肉として流通させるなら、食肉に適したものを選ぶ必要がある。
さて、夜久野町はごらんの通り、山あいに集落が点在する、典型的な中山間地だ。その豊かな自然からの恵みも多いが、ここしばらくで鳥獣害が深刻化している。福知山全体で年に3000頭程度の駆除がある中で、夜久野町だけで600頭を超えるシカが駆除されているのだ。
「僕も色んな仕事をしてきたんですが、親父がやっていた農業に自分もチャレンジしようと新規就農することにしました。でもね、シカとイノシシがあまりに多いので、作物が食い荒らされてしまうんです。」
業を煮やした健太郎は、一念発起して狩猟免許を取得。みずからシカやイノシシを撃つ道に入った。そこで彼が観たのは、せっかく撃ったシカやイノシシが、ほとんど焼却処分されているということだった。ジビエの肉は、すべてが食用に適しているわけではない。売れるかわからない物は焼却する方が効率がよい。
しかし、せっかく鳥獣の命をもらうならば、それを資源として活用してやるのが筋ではないか。そこで健太郎は、農林水産省の事業を活用し、ジビエの食肉加工施設を立ち上げた。
「本当においしいジビエ肉を得るには、まずおいしそうなシカやイノシシを狙って撃たねばなりません。そして、可食部分に傷をつけず、一発で仕留めなければなりません。仕留め損ねて暴れられると、ストレスで肉質が一気に悪くなってしまうのです。」
まずは猟師として、撃つ鳥獣を見定めて選ぶというところから行うわけだ。先にも書いたように健太郎は、様々な仕事をしてきた中で、料理人として働いていたキャリアもある。和食店で、当初はフロア担当だったにも関わらず、料理人として頭角をあらわし、最終的にはメニューまで決めていたという。そんな健太郎だから、どの時期、どんなシカがおいしいのかということをきちんと把握することができる。
「同じ本州ジカでも、夏場は牡の味が乗りますし、秋以降は雌のほうがよい味になります。また、年齢も重要ですね。できるだけ食味のよいであろう個体を狙います。」
そして、健太郎の真骨頂は、撃った後の処理である。
「そして、捕らえた後にすぐさま血抜きを行う必要があります。僕の場合、ライフルを使用するのでかなり離れたところからシカやイノシシを撃つことができるのですが、撃った後にすぐかけつけて血抜き処理をできるよう、100メートル以内でしか撃たないことにしています。」
血抜きの手当てをした後は、内臓処理と冷却、食肉への加工だ。これについてはなんと言っても、自分の加工施設があるので、理想的な作業を行うことができる。
加工施設内をみせてもらったが、実に清潔な管理がされており、これならと安心できる設備が揃っていた。
「ちょうど食べ頃のイノシシ肉がありますから、食べていただきましょう。」
と、ホットプレートにイノシシ肉のスライスを並べて焼いてくれたのだが、そこから立ちのぼるのがまず、とてもよい香りだった。そこに塩だけを振って口に入れると、まったく臭味はなく、噛みしめると旨みの濃いジュースが口に満ちた。
「うまい!」と舌鼓を打つ審査員の杉本敬三シェフ(新橋「ラ・フィネス」)と、溝口康氏((株)ネイビープランニング)。
そして2019年度の審査会では、鹿肉キーマカレーがめでたくエエもんに認可された。実はカレー製品は審査員の山本が「このジビエを使ったカレーは、かならずやおいしいものになるだろう。」と熱望していたものである。
もともと和食の料理人でもあった健太郎が作るカレーは、市販のカレー粉を使うことなく、数種のスパイスを組み合わせ、いま流行しているスパイスカレーといっても差し支えないような、それでいてどこか懐かしい、誰もがおいしいと思える味わいとなっている。
中島健太郎の手がけるジビエ製品は、精肉はトップシェフが「これは使いたい」と認めるものだ。そしてその肉を用い、家庭の食卓にさっと並べることができる鹿肉ローストやキーマカレーといった商品は、ジビエの可能性を一般家庭に拡げるものである。まだおいしいジビエに出会っていないという人にこそ、お薦めしたい逸品だ。